なぜボリビアのサルテーニャは熱いスープを内包するのか?:食べ方の妙と歴史的背景を探る
ボリビアの熱々ソウルフード、サルテーニャ
世界の食卓には、驚くような構造を持つ料理が存在します。南米ボリビアの国民的な軽食であるサルテーニャも、その一つと言えるでしょう。これは、肉や野菜などを詰めた揚げパン、エンパナーダの一種ですが、サルテーニャが他の多くのエンパナーダと決定的に違うのは、その内部に熱いスープが閉じ込められている点です。
この独特な構造は、初めてサルテーニャを口にする人々を驚かせると同時に、「なぜ、中にわざわざ熱いスープを入れるのだろうか?」という疑問を抱かせます。単に具材を包むだけでなく、液体を内包するという、一見非効率にも思える製法には、ボリビアの歴史や文化、そして食に関する知恵が詰まっています。
サルテーニャに熱いスープが入っている「なぜ?」
サルテーニャに熱いスープを入れる理由はいくつか考えられます。
まず一つは、中の具材を非常にジューシーに保つためです。焼き上げる過程で肉や野菜から出る水分がスープとなり、生地の中で蒸されるような状態になることで、しっとりとした食感と豊かな風味を生み出します。これにより、パサつきやすい具材でも美味しく食べられるのです。
次に、焼き上げてから提供されるまでの間、料理を温かい状態に保つという目的もあったと考えられます。特に、標高の高い場所が多いボリビアでは、料理がすぐに冷めてしまいがちです。熱々のスープが内部にあることで、冷めにくく、最後まで温かく美味しい状態で提供できます。
さらに、歴史的な背景も影響していると言われています。サルテーニャの起源については諸説ありますが、有力な説の一つに、19世紀にアルゼンチンからボリビアのスクレに移住してきたフアナ・マヌエラ・サラテ氏が、貧困の中で故郷のエンパナーダをアレンジして作り始めたというものがあります。彼女が焼いたジューシーなパイを、人々が彼女の出身地であるアルゼンチンのサルタ市にちなんで「サルテーニャ」と呼び始めたという話です。この説によれば、少ない材料で満足感を得られるよう、スープでかさ増しする意図もあったのかもしれません。また、ボリビアの鉱山労働者が坑道に持ち込む弁当として、冷めにくいサルテーニャが重宝されたという話もあります。
これらの理由が複合的に組み合わさることで、サルテーニャの独特な構造が生まれ、ボリビア全土に広まっていったと考えられます。
驚きの構造と食べ方の「妙」
サルテーニャの生地は、小麦粉にパプリカパウダーやアヒアマリージョ(黄色の唐辛子)などを加えて黄色く色付けされることが多く、ほんのり甘みがあるのが特徴です。中の具材は、牛肉や鶏肉をベースに、ジャガイモ、刻み野菜、ゆで卵、オリーブ、レーズンなどが定番です。これらの具材にブイヨンなどを加えて調理し、冷やし固めたものを生地で包んで成形します。焼くと中のゼラチン状のスープが溶け出し、熱々の液体となるのです。
サルテーニャを食べる上での最大の難関は、この熱いスープをこぼさずにきれいに食べることです。地元の人々は、まずサルテーニャの上部の角を少しだけかじり、そこからスープを少しずつ吸う、あるいは飲み口を作ってそこから流し込むようにして食べ進めます。上手に食べられるようになるには、ある程度の練習が必要と言われるほど、独特の食べ方があります。これはまさに、サルテーニャという料理が生んだ「食べ方の妙」と言えるでしょう。
家庭でサルテーニャを楽しむには?
サルテーニャの最大の特徴である「熱いスープを内包する」という構造は、家庭で完全に再現するには少し技術が必要です。中のスープを冷やし固めておくこと、そして破れないように慎重に包むこと、そして均一に焼き上げることがポイントになります。
本格的なサルテーニャ作りは少しハードルが高いと感じる場合でも、サルテーニャの風味を楽しむ方法はあります。
例えば、具材を通常よりもしっかり煮込み、少しとろみをつけてからエンパナーダのように包んで焼くことで、ジューシーな「サルテーニャ風」を楽しむことができます。また、焼いたエンパナーダに、サルテーニャの具材を煮込む際にできるような肉汁や野菜の旨味が出たスープを添えて、ディップしながら食べるのも良いでしょう。
サルテーニャの生地に使われるアヒアマリージョペーストは、南米食材店などで入手できますが、手に入りにくい場合は、辛味の少ない他の黄色系唐辛子のペーストで代用するか、少量のパプリカパウダーとターメリックを加えて色と風味を補う方法もあります。
週末などに、少し手間をかけてサルテーニャ作りに挑戦してみるのも、楽しい食の体験となるはずです。スープをこぼさずに食べる練習を家族でしてみるのも面白いかもしれません。
食べる知恵と文化の象徴
ボリビアのサルテーニャは、単なる軽食ではなく、厳しい環境の中で生まれた人々の知恵や、食を通じて人々が共有する楽しみの象徴と言えるでしょう。熱いスープを内包するというユニークな特徴は、美味しさの追求だけでなく、温かさを保つ工夫や、少ない材料で満足感を得るための工夫など、様々な側面から生まれたものです。
この一品から、ボリビアの歴史や文化、そして食に対する深い愛情を感じ取ることができます。世界の食卓に隠された「なぜ?」を探求することは、その土地の風土や人々の暮らしを理解することにも繋がります。サルテーニャのように、驚きに満ちた料理との出会いは、私たちの食の世界をさらに広げてくれるに違いありません。