なぜジョージアの食卓はスパイス(スプラ)が豊かなのか?:交易路と多様な気候が育んだ香り高い食文化
ワイン発祥の地としても知られるジョージアは、その料理もまた非常に豊かで多様です。ハチャプリやヒンカリといった代表的な料理だけでなく、煮込み料理やサラダ、ソースに至るまで、様々なスパイスやハーブがふんだんに使われていることが特徴です。この、多種多様なスパイス使いを支えているのが「スプラ(სუნელი)」と呼ばれる独自のスパイス文化です。しかし、なぜジョージアの食卓はこれほどまでにスパイスが豊かなのでしょうか。その背景には、この国の地理的な位置と、長い歴史が深く関わっています。
交易路の交差点が生んだ多様性
ジョージアが位置するのは、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方です。ここは古くからアジアとヨーロッパを結ぶ重要な交易路であり、有名なシルクロードの支路も通っていました。この地理的な利点は、単にモノが行き来するだけでなく、様々な文化や情報、そして食材やスパイスをもたらしました。
東西からの商人は、それぞれの故郷のスパイスを持ち込み、この地で交換したり販売したりしました。また、ジョージア自体も多様な民族が行き交う場所であったため、それぞれの食文化が融合し、新たなスパイスの組み合わせや使い方が生まれていったと考えられます。このように、交易路の交差点という歴史的な役割が、ジョージアの食卓に多様なスパイス文化が根付く基盤となりました。
多様な気候が育む豊かなハーブ
ジョージア国内には、海岸部、平野部、山岳部と、非常に多様な気候帯が存在します。この多様な自然環境は、実に様々な種類の野生のハーブを育んでいます。ディル、コリアンダー、パセリ、ミント、セージなど、私たちの食卓でもお馴染みのハーブはもちろん、地域特有の珍しいハーブも自生しています。
人々はこれらの自生するハーブを利用し、料理に香りや風味、彩りを添えてきました。乾燥させて保存することも一般的で、季節を問わず料理に利用されています。地理的な多様性がもたらす豊かなハーブの種類が、ジョージア料理の味の深みを一層引き上げています。
「スプラ」とは何か?家庭ごとの秘密のブレンド
「スプラ(სუნელი)」は、直訳すると「香辛料」や「スパイス」を意味しますが、ジョージアにおいては単一のスパイスではなく、様々なスパイスや乾燥ハーブをブレンドしたものを指すことが多いです。有名なものに「フメリ・スメリ(ხმელი სუნელი)」というミックススパイスがありますが、スプラの定義はより広く、家庭ごとに代々受け継がれる独自のブレンドが存在することもあります。
このブレンドには、乾燥コリアンダー、フェヌグリーク(シードまたはリーフ)、乾燥マリーゴールド(サフランの代用としても使われることが多い)、ディル、ミント、唐辛子、ガーリックパウダー、乾燥セロリなどがよく使われます。ブレンドの比率や使うスパイスの種類は、家庭の好みや作る料理によって異なり、それぞれの家庭の味を特徴づけています。この「家庭ごとのブレンド」という側面も、ジョージアのスプラ文化のユニークな点です。
これらのスパイスは、単に風味を加えるだけでなく、肉や魚の臭みを消したり、消化を助けたり、料理に美しい色(特にマリーゴールド)を加えたりする役割も担っています。多様なスパイスの組み合わせによって生まれる複雑で奥行きのある味わいは、ジョージア料理の大きな魅力の一つです。
家庭でジョージア風スパイスを楽しむには
ジョージアの本格的なスプラミックスは、日本の一般的なスーパーマーケットではあまり見かけませんが、輸入食品を取り扱う店舗やオンラインストアで入手することが可能です。「フメリ・スメリ」などの名称で販売されていることが多いです。
もし、手に入りにくい場合や、ご自身の好みに合わせてブレンドを試してみたい場合は、身近なスパイスを組み合わせて「ジョージア風」の香りを楽しむこともできます。乾燥コリアンダー、フェヌグリークシード(またはリーフ)、パプリカパウダー、少量のチリパウダー、乾燥ディルなどを組み合わせてみてください。フェヌグリークは独特の風味があり、少量から試すのがおすすめです。マリーゴールドの代わりにサフランやターメリックを少量使うと色味が出ますが、風味が異なるため、風味付けというよりは色付けの目的で試すのが良いでしょう。
この自家製、あるいは市販のスプラミックスは、鶏肉や豚肉のソテーにふりかけたり、ポテトや野菜のオーブン焼きに使ったり、ヨーグルトソースに混ぜたりと、様々な料理に応用できます。例えば、鶏肉をヨーグルトとスプラミックス、塩、ニンニクのすりおろしに漬け込んで焼くと、ジョージアの代表的な鶏肉料理「シュクメルリ」の風味を簡単に楽しむことができます。
知恵と歴史が凝縮されたスパイス文化
ジョージアの豊かなスパイス文化、スプラは、単なる調味料の集合ではありません。それは、古代から続く交易の歴史、多様な自然環境が育む恵み、そして家庭ごとに受け継がれる料理の知恵が凝縮された文化そのものです。様々なスパイスが織りなす複雑な香りと味わいは、ジョージアの人々の暮らしや歴史、そして大地との繋がりを静かに物語っていると言えるでしょう。家庭で少しスパイスを加えてみることから、この魅力的な食文化への旅を始めてみてはいかがでしょうか。