なぜペルーの食卓には多様なジャガイモが並ぶのか?:アンデスの大地が育んだ宝と歴史
驚くべきジャガイモ大国、ペルー
日本のスーパーマーケットで見かけるジャガイモの種類は、せいぜい数種類程度でしょうか。男爵薯やメークイン、新じゃがいもなどが一般的です。しかし、南米ペルーの食卓では、その常識が覆されます。ペルーには、世界で栽培されているジャガイモの品種のうち、数千種類が存在すると言われています。形も色も大きさも食感も異なるジャガイモが、人々の暮らしに深く根ざしているのです。
なぜ、ペルーにはこれほどまでに多様なジャガイモが存在し、食卓に欠かせない存在となっているのでしょうか。その理由を、歴史的、地理的、文化的な背景から探ります。
ジャガイモ発祥の地、アンデス
ジャガイモの原産地は、他ならぬアンデス山脈の高地地域だとされています。ペルーやボリビアにまたがるこの地域は、標高が高く、昼夜の寒暖差が激しい厳しい自然環境です。しかし、この多様で起伏に富んだ地形と、山麓から高地まで広がる標高差によって生まれる様々な気候帯が、ジャガイモの多様な品種が進化・分化するための理想的な環境を提供しました。それぞれの環境に適応するうちに、色、形、耐病性、貯蔵性、調理適性などが異なる、無数の野生種、そして栽培種が生まれていったのです。
数千年の歴史が育んだ多様性
ジャガイモがアンデス地域で栽培され始めたのは、今から約8,000年ほど前、インカ帝国が成立するさらに遡った時代だと考えられています。この長い歴史の中で、アンデスの人々は野生種から優れた形質を持つものを選び出し、栽培を続け、品種改良を行ってきました。これは、厳しい環境下で安定した食料源を確保するための、先住民の知恵と努力の賜物です。
インカ帝国時代には、ジャガイモは重要な食料として栽培され、様々な用途に利用されていました。単に食べるだけでなく、保存食としても加工されました。特に有名なのが、凍結乾燥させた「チューニョ」です。これは、日中の強い日差しと夜間の厳しい冷え込みを利用してジャガイモの水分を抜き、長期保存を可能にしたもので、現代のフリーズドライの原型とも言える技術です。このチューニョもまた、多様なジャガイモ品種から作られ、それぞれ異なる風味や食感を持っています。
スペインによる征服後、ジャガイモはヨーロッパへと伝えられ、やがて世界中に広まりましたが、品種改良の歴史は主にヨーロッパで行われました。しかし、アンデス地域では、古来からの品種が脈々と受け継がれ、地域ごとに固有の品種が大切に守られてきたのです。これが、ペルーにこれほど多様なジャガイモが現存する大きな理由の一つです。
色とりどり、個性豊かなジャガイモたち
ペルーの市場に行くと、そのジャガイモの多様さに圧倒されます。一般的な黄色や白色だけでなく、紫色、青色、赤色など、カラフルなものもたくさんあります。形も丸いもの、細長いもの、ゴツゴツしたものなど様々です。
それぞれの品種には、最適な調理法があります。 * 白っぽい品種(パパ・ブランカなど):煮崩れしにくく、シチューやスープに適しています。フライドポテトにも使われます。 * 黄色い品種(パパ・アマリージャなど):ホクホクとした食感で、香りも豊かです。マッシュポテトや、ペルーの代表料理であるパパ・アラ・ワンカイーナ(チーズと黄色唐辛子のソースをかけたジャガイモ料理)によく使われます。 * 紫や青、赤色の品種(パパ・モラーダ、パパ・アズールなど):アントシアニンを豊富に含み、彩りとしてサラダに使われたり、チップスにされたりします。独特の風味を持つものもあります。 * 小さくて丸い品種(パパ・ナティバなど):煮込み料理やオーブン焼きに丸ごと使われることが多く、皮ごと食べることで風味を楽しめます。
これらのジャガイモは、単に食材としてだけでなく、ペルーの食文化、そして人々のアイデンティティの重要な一部となっています。
家庭でペルー風ジャガイモを楽しむヒント
残念ながら、日本ではペルー産の多様なジャガイモを簡単に入手するのは難しいかもしれません。しかし、身近なジャガイモでも、ペルー風の味わいを取り入れることは可能です。
- パパ・アラ・ワンカイーナ風:日本の男爵薯やメークインを茹で、市販のカッテージチーズやクリームチーズ、牛乳、黄色唐辛子(アヒ・アマリージョのペーストが理想ですが、手に入らなければパプリカや他の唐辛子で代用し、辛味は調整)をミキサーにかけて滑らかなソースを作り、茹でたジャガイモにかければ、手軽にペルーの味を楽しめます。茹で卵やオリーブを添えるのが定番です。
- ロモ・サルタード風:牛肉と玉ねぎ、トマト、フライドポテトを炒めるペルー料理です。日本のジャガイモでフライドポテトを作り、一緒に炒め合わせることで、ボリュームのある一品になります。味付けは醤油やビネガー(酢)、クミンなどでペルー風に近づけることができます。
- 品種による使い分けを意識:日本のジャガイモでも、男爵薯はホクホクでマッシュポテトに、メークインは煮崩れしにくいのでシチューや炒め物に、といった使い分けは、ペルーで様々な品種が使い分けられる知恵に通じます。料理に合わせて品種を選ぶことで、より美味しくジャガイモを味わうことができるでしょう。
輸入食材店やオンラインストアで、ペルー産のジャガイモやアヒ・アマリージョのペーストなどが見つかることもあります。見かけたら、ぜひ試してみてください。
まとめ
ペルーの食卓に並ぶ多種多様なジャガイモは、単なる豊富な農産物ではありません。数千年にわたるアンデス地方の厳しい自然環境との共生の中で、先住民の知恵と努力によって育まれ、守られてきた文化的な宝です。それぞれのジャガイモが持つ色、形、食感、風味には、その土地の歴史、文化、そして人々の暮らしが息づいています。
このジャガイモ多様性は、食料安全保障の観点からも重要であり、未来への贈り物でもあります。ペルーのジャガイモを知ることは、食の多様性の重要性や、それぞれの食材が持つ深い背景を学ぶ機会となるでしょう。身近なジャガイモを料理する際にも、少しだけ品種ごとの個性を意識してみると、新たな発見があるかもしれません。