なぜミャンマーではお茶の葉を食べるのか?:ラペットゥに秘められた歴史と地理の物語
世界の食卓を巡ると、様々な驚きと発見があります。多くの場合、お茶といえば淹れて飲むものですが、ミャンマーには「お茶を食べる」というユニークな習慣があります。その中心にあるのが、「ラペットゥ(Lahpet)」と呼ばれる発酵させたお茶の葉です。今回は、なぜミャンマーではお茶を食べるのか、その背景にある歴史や文化、そしてこの独特な食文化の魅力に迫ります。
お茶を「食べる」文化の根源:ミャンマーの地理と歴史
なぜミャンマーではお茶を飲むだけでなく、食べるようになったのでしょうか。その理由は、ミャンマーの地理的な位置と深い歴史に根差しています。ミャンマーは、茶の発祥地の一つとされる中国南部と、古くから茶の栽培が行われているインドという、二つの「お茶大国」に挟まれた地域に位置しています。
古くからミャンマー北部では野生のお茶の木が自生しており、人々はその葉を利用してきました。初期の利用法の一つに、茶葉を蒸したり茹でたりして食べる習慣があったと考えられています。これは、茶葉に含まれるカフェインによる覚醒作用を利用するためだったとも言われています。疲労回復や集中力向上を目的として、茶葉を直接摂取していたのかもしれません。
また、湿潤で温暖な気候は茶の栽培に適しており、ミャンマーでも古くから茶が栽培され、人々の生活に深く根差していきました。しかし、当時は茶を保存する技術が限られていました。そこで生まれたのが、茶葉を発酵させて保存性を高める方法です。この発酵茶葉が、後に「ラペットゥ」としてミャンマー独自の食文化を形成していくことになります。
ラペットゥとは?:発酵茶葉が生み出す複雑な味わい
ラペットゥは、摘んだお茶の葉を蒸し、湿気を取り除いてから大きな壺などに入れて数ヶ月から一年かけて自然発酵させたものです。発酵が進むと、茶葉は独特の酸味と旨味を帯びます。
ラペットゥの最も一般的な食べ方は、「ラペットゥ・トォッ(Lahpet Thoke)」と呼ばれるお茶の葉のサラダです。「混ぜる」という意味の「トォッ」が示す通り、発酵させたラペットゥを、揚げた豆、揚げニンニクチップ、ピーナッツ、ゴマ、干しエビ、刻んだトマト、キャベツなど、様々な具材と共に油(しばしばピーナッツオイル)とライム汁で和えて作ります。
このサラダは、茶葉自体の持つほのかな苦味や渋み、発酵による酸味と旨味、そして和えられる具材の香ばしさや食感、ライムの爽やかさが見事に調和した、非常に複雑で奥深い味わいが特徴です。一口食べると、様々な風味が口の中に広がり、食べる者を魅了します。
食文化の中での「ラペットゥ」の意味
ラペットゥは単なる料理ではありません。ミャンマーの人々にとって、それは社交やもてなし、そして時には重要な議論の場に欠かせない存在です。
来客があった際には、お茶と一緒にラペットゥの盛り合わせが出されるのが丁寧なもてなしとされています。また、かつては土地の境界線を巡る争いなど、重大な問題の仲裁が行われる際に、関係者がラペットゥの皿を囲んで話し合う習慣がありました。これは、ラペットゥを共に食することが合意や和解の象徴とされていたためです。
さらに、食事の一部として、あるいは仕事の合間のリフレッシュとして、日常的にも食べられています。カフェインを含むため、眠気覚ましとしても利用されます。
家庭でラペットゥを楽しむためのヒント
このユニークなラペットゥを、日本の家庭で楽しむことも可能です。
近年では、アジア食材店やオンラインストアで、味付け済みの「ラペットゥ・トォッ」のパックや、自分で具材と和えるための「ラペットゥ」そのものが入手できるようになってきています。
もし味付け済みのパックが手に入れば、それに記載されている指示に従って、刻んだトマトやレタス、揚げたピーナッツなどを加えて和えるだけで、本格的なラペットゥ・トォッを再現できます。具材はパックに含まれているものだけでも十分に美味しいですが、お好みでフライドオニオン、カシューナッツ、ゴマなどを加えてアレンジするのも楽しいでしょう。
もしラペットゥそのもの(発酵茶葉)が手に入った場合は、まず少量を試して味を確認し、油(米油やピーナッツ油が合います)とライム汁、塩などで基本の味付けをしてみます。そこに、上記の様々な揚げ豆やナッツ、刻んだ野菜などを加えて自分好みのラペットゥ・トォッを作ることができます。
発酵茶葉自体を家庭で作るのは非常に難しいため、市販品を利用するのが現実的です。日本ではまだ広く知られている食材ではありませんが、その独特の風味と食感は、きっと新しい料理のインスピレーションを与えてくれるはずです。
まとめ
ミャンマーのラペットゥは、「お茶は飲むもの」という常識を覆す、非常に興味深い食文化です。その背景には、茶の栽培に適した地理、保存技術が未発達だった時代の知恵、そして古くから伝わる儀式や社交の習慣がありました。
単なる食べ物としてだけでなく、人々のコミュニケーションや社会活動に深く結びついたラペットゥは、ミャンマーという国の歴史や文化を映し出す鏡と言えるでしょう。ぜひ、この「食べるお茶」の世界を体験し、その奥深さに触れてみてください。